R)一杯のかけそば
のない、あの「幸せの2番テーブル」
の物語に出てくる薄手のチェックの半 コート
を着た若い母親と幼い二人の男の子を誰しもが想像するが、
入ってき たのはスーツを着てオーバーを手にした二人の青年だった。
ホッとした溜め 息が漏れ、賑やかさが戻る。
女将が申し訳なさそうな顔で 「あいにく、満席なものですから」
断ろうとしたその時、和服姿の婦人が深々と頭を下げ
入ってきて二人の青 年の間に立った。
店内にいる全ての者が息を呑んで聞き耳を立てる。
「あのー……かけそば……3人前なのですが……よろしいでしょうか」
その声を聞いて女将の顔色が変わる。
十数年の歳月を瞬時に押しのけ、
あ の日の若い母親と幼い二人の姿が目の前の3人と重なる。
カウンターの中か ら目を見開いてにらみ付けている主人と今
入ってきた3人の客とを交互に指 さしながら
「あの……あの……、おまえさん」
と、おろおろしている女将に青年の一人が言った。
「私達は14年前の大晦日の夜、
親子3人で1人前のかけそばを注文した者 です。
あの時、一杯のかけそばに励まされ、
3人手を取り合って生き抜くこ とが出来ました。