優しい心。

かけそば 3
新しい年を迎えた北海亭は、
相変わらずの忙しい毎日の中で1年が過ぎ、 再び12月31日がやってきた。
前年以上の猫の手も借りたいような1日が終わり、
10時を過ぎたところ で、店を閉めようとしたとき、
ガラガラガラと戸が開いて、
2人の男の子を 連れた女性が入ってきた。
女将は女性の着ているチェックの半コートを見て、
1年前の大晦日、最後 の客を思いだした。
「あのー……かけそば……
1人前なのですが……よろしいでしょうか」
「どうぞどうぞ。こちらへ」
女将は、昨年と同じ2番テーブルへ案内しながら、
「かけ1丁!」
と大きな声をかける。
「あいよっ! かけ1丁」 と主人はこたえながら、 消したばかりのコンロに火を入れる。 「ねえお前さん、
サービスということで3人前、出して上げようよ」
そっと耳打ちする女将に、
「だめだだめだ、そんな事したら、かえって気をつかうべ」
と言いながら玉そば1つ半をゆで上げる夫を見て、
「お前さん、仏頂面してるけどいいとこあるねえ」
とほほ笑む妻に対し、
相変わらずだまって盛りつけをする主人である。 テーブルの上の、
1杯のそばを囲んだ母子3人の会話が、
カウンターの中 と外の2人に聞こえる。
「……おいしいね……」
「今年も北海亭のおそば食べれたね」
「来年も食べれるといいね……」 食べ終えて、
150円を支払い、出ていく3人の後ろ姿に
「ありがとうございました! どうかよいお年を!」
その日、何十回とくり返した言葉で送り出した。

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