涙のシャンプ― 32

涙のシャンプ― 32
私たちの通信簿
すみません、ちょっとの間、お店にいさせてもらっていいですか?
営業中、突然こういって入ってこられたのは、60歳を過ぎたくらいのおばあ
さんと、小学生に上がるくらいのお孫さんであろう女の子だった。
2人とも、うちのお店のお客様のなかでも最も少ない年齢層だし、私たちはお客
様の顔と名前はほとんど暗記しているが、明らかに見覚えのない2人だった。
文字どうりの飛び込みだった。
2人は、何かから逃れるようにこの店に入ってきたようだった。
表情、汗、語り口調、そして、少し不自然な目の動ききからも、普通ではない
状況が見て取れた。
とりあえず待合イスにかけてもらい、冷たいお茶を出した。
少し落ち着かれた様子を見て、スタッフがたずねた。
どうされたんですか?
すみません、笑われちゃうかもしれないんですけど・・・。孫と散歩していたら。
野良犬につけられちゃって。私、犬が大の苦手なんです。逃げても逃げても追い
かけてくるから、どんどん怖くなってきちゃって、どこかに逃げ込もうと思った
んだけど、なかなか適当なところがみつからなくて・・・。
孫と一緒に困り果てていたら、ちょうど外からお店の中が見えて、皆さん楽しそう
にお仕事されていたから、すがるような思いで入ってきちやったんです。
厚かましくてごめんなさい。
高揚していた気分が、落ち着きを取り戻しつつあるようだが、おばあさんは、
時折言葉を詰まらせながら、堰を切ったように理由を話してくれた。
隣に腰をかけているお孫さんも安心してくれたのか、店内を興味深そうに眺め
ている。
マンションの一階にある当店は、幹線道路沿いではあるが、隣は空き店舗
そのまた隣は居酒屋、店舗の裏手は完全に住宅街なので、逃げ込む場所も困
ったのだろう。私たちが呼び込んだわけではないが、ガラス張りの店内で、
いつもどうり笑顔で仕事おしているだけで、このおばあさんとお孫さんを少し
救えたのかと思うと、なんだかうれしくなった。
15分ほどして二人は、
本当にありがとうございました、おかげで助かりました。
とていねいに御挨拶おされて、お店をあとにした。
言葉や表情からは、もうすっかり落ち着いた様子だったが、唯一、目の動き
だけが気になった。

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