魂が求めていた仕事

私は、30歳で美容学校に飛び込んだ。1年間のインターンを終え、国家試験に合格し、仕事にもなれ
た頃、先生に言われました。お前をどう扱っていいんだろう。俺と同い年だし、どう育てていいのか
わからん。教えることがないんだ。ないのは技術だ。
技術は練習すればどんどん上手くなる。ほかに行くのも歳だし、自分の店を出せ。
お金もない、技術もない・・・。不安だらけの中、友人の手を借りながら1985年7月29日、自
分のサロン 夢追い人 をオープンすることになってしまいました。
当然、うまくいかないこともたくさんありました。
スタッフが、お客様から頂いたチップを自分のものにしてしまっていたことも・・・。
それでも、オープンい1周年が近ずき、スタッフも少しずつ成長し、忙しい毎日を過ごしていました
その日は雨で、店もすいていて、ゆっくりしていました。
森田君は北九州高専の四年生、いつもカットに来るお客様の一人です。カットの最中、いきなり、彼
が、暗い顔をしてポツリと呟きました。
俺、学校辞めるんだ。突然の言葉に返事ができず、びっくりした私に、学費払えなくて退学になるん
だ。え、なんで?
お父さんは何ていっているの?と、つい、きつい声で尋ねました。親父はいないんだ。
親が離婚して、母ちゃん、末期がん・・・。俺のアルバイトだけじゃ・・・。
弟も高校が決まったから、働く。
そういうと、森田君はこらえきれずに泣き崩れました。お父さんに会って、今の状態をはなしたら、
と、彼の目を見ながら問いただすように尋ねると、
母ちゃんが嫌がっているから。
俺、絶対合わない。あんな親父に、絶対。、絶対頭なんか下げるもんか・・・。
彼の悔しさが重さが伝わってきます。思わず言ってしまいました。
私がそのお金、立て替えてあげる。あと一年で卒業でしょう。高専を出るといいところに就職ができ
るのよ。だから学校に行きなさい。ね!
何とかしてあげたくて出た言葉です。
学校にいっていたら生活ができないんだよ。母ちゃん、末期がんで働けないんだよ。
弟の授業料だっているし・・・。
俺が働かないと、俺しか、俺しかいないんだ。
あまりにもつらい返事に返す言葉もなき声が詰まり、ボロボロ涙が流れてきました。
しばらく沈黙のあと、彼は、オレ、ここにカットに来ているだけの客だよ。たから、

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