かけそば 8
……弟は、毎日夕飯のしたくをしています。
それでクラブ活動の途中で帰るので、迷惑をかけていると思います。
今、弟 が『一杯のかけそば』と読み始めたとき……
ぼくは恥ずかしいと思いました。 ……
でも、胸を張って大きな声で読みあげている弟を見ているうちに、
1杯 のかけそばを恥ずかしいと思う、
その心のほうが恥ずかしいことだと思いま した。
あの時……1杯のかけそばを頼んでくれた母の勇気を、
忘れてはいけない と思います。
……兄弟、力を合わせ、母を守っていきます。
……これからも 淳と仲よくして下さい、って言ったんだ」
しんみりと、互いに手を握ったり、笑い転げるようにして
肩を叩きあったり、
昨年までとは、打って変わった楽しげな年越しそばを食べ終え、
3000円を支払い「ごちそうさまでした」
と、深々と頭を下げて出て行く3人を、
主人と女将は1年を締めくくる大きな声で、
「ありがとうございました! どうかよいお年を!」
と送り出した。
また1年が過ぎて――。 北海亭では、
夜の9時過ぎから「予約席」
の札を2番テーブルの上に置い て待ちに待ったが、
あの母子3人は現れなかった。
次の年も、さらに次の年も、
2番テーブルを空けて待ったが、
3人は現れ なかった。