心のビタミン

実は美容師になって10年、カツラをカットするのは初めてだった。
正確に髪の毛を引き出すことができず、いつもは全く違う感じだ。でも、そんなのは関係ない。
やるしかないんだ。
あっという間に時間が経ち、そしておしゃれこの奥さんが誕生した。
気に入ってもらえるだろうか。ドキドキ、胸が苦しい。久しぶりだこの感覚。
緊張感が漂う。僕は、声をかけた。完成です。いかがですか。
仏頂面の泣き顔が満面の笑に変わった。そう、こんな感じにしたかったの、あ、ありがとうございます。
よかったひと安心。肩のにがおりた。
ふと周りを見渡すと部屋の隅にそれ以外の無数のカツラが放置されていた。ロングのものショートのもの、
パーマのかかっているもの。自分には先輩の気持ちがすぐわかった。
奥さんは乳がんだそうだ。
おそらくあんなに綺麗で仲の良かった奥様は、女性としての自信をなくし、心が荒んでしまい些細なことで
喧嘩になる毎日だったに違いない。
そう、先ほどのように…。
普通の人から見ればみんなに祝福されて幸せな結婚をした途端、順風満帆の人生ので絶頂から奈落の底に突
き落とされたようだものだ。逃げ出したくなってもおかしくない。
でも、さすが自分の憧れの先輩だ。
奥さんに少しでも喜んでもらうためにいろいろ考えて、なんかもなんかも買ってきたのだろう。どのカツラ
とっても安いものではない。
いろいろ意味を感じて思った。これを先輩の思いを、絶対に無駄にしてはいけない。
奥さんは自宅白治療といっても、体力もすっかり落ちてしまい、寝ていることがの方が多いらしい。
時計の針は既に深夜の1時まわっていたが、思わず無意識に言葉が出た。奥様、正直な話、自分は仕事の関係
でいつ次にいつ来られるかわかりません。
こんな時間ですがも、もし、体調さえ大丈夫ならもうちょっと頑張って他のカツラもお顔に合わせてカットし
ちゃいませんか?
もしこのカツラに飽きても他のが有れば気分転換に外出もできますよ。いかがですか。
奥さんはゆっくりと答えた。
私・・・え、ええ!お願いします。かしこまりました。
次のカツラを切り始めた一心不乱に切りまくった。
昨日も仕事が終わるのは遅かった明日はいつも通り朝早い、でも、今、そんな事は関係ない。
ただただ奥さんに喜んでもらうことだけを願って。
夜中の3時を回った頃すべてのカツラが切り終わった。奥さんが言った。
あーどうしよう、ショートも可愛いしロングもステキ、パーマもかわいい。
奥さんに笑顔が戻った。
本当に、本当に、ありがとうございます。なんだか早く外に出たい気分。
そして満面の微笑みが、また泣き顔に変わった。
先輩が言った。
あいつの笑顔を久しぶりに見たよ本当にありがとう。先輩も泣いた。
自分も泣いた。
大の大人が3人も揃って夜中に泣きじゃくった。よかった。本当によかった。
美容師でいられることに感謝した。
大切な人の愛する人を喜ばせる技術を習得させてくれた先輩や後輩、会社に感謝した。
美容学校にいかせてくれた親にも感謝した。そして何か物足りなさを感じていた自分に、美容師の本文を教
えてくれた先輩夫婦に感謝した別れ際、先輩夫婦がいた。
今日は本当にありがとう。自分も言った。
こちらこそめったにない体験をさせていただきました。ありがとうございました。
お互い、これでもかと言う位、深々と頭を下げた。
誰かが言った。
感謝とは感じて謝ること。
今なら、その意味がわかる。
人は本当の感謝に思いかられると、まるで謝ってるからのように頭を下げる。
先輩の家を出てから、父と実家のお袋に電話したくなった。もしもし何大こんな夜中に。お袋ありがとう。
俺、美容師やってよかったわ。今度ゆっくり説明するわ。
美容師は医者ではないので、病気を治すことができない。
しかし、心のビタミンになることができる。自分は何を迷っていたのだろう。
何も悩んでいるのは病気の方がばかりではない。
いつも悩みを相談されていた話ではないか。今日も、昨日も、美容師になってからと言うもの今までずっと・・
きっと感覚が麻痺したんだろう大事なことを忘れていた何が、何かが足りない。
ステージはずっと用意されていたというのに・・・・。
自分の中で何かが吹きれた切れた。
自分のようなちっぽけなちっぽけな存在でも誰かの役に立ち、誰かを喜ばすことができると知った時、
久しぶりに自分自身が成長したことを感じた。
半年後
相変わらず自分が現場にとっぷりつかっている。聞き覚えのある声がした。こんにちは先輩だ。
後には見覚えのある女性の姿が・・・。そう奥さんだ。
えへ、まだ男の子みたいだけど、髪伸びたんだ。
この長さでエクステってつけられるかな。
・・もちろん。
これから自分が死ぬまで誰かさんの心のビタミンを。処方し続けていきたい。

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